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>> M&Partners International Home > Com. > 第3回 井原有美さん

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ビジネスに役立つインタビューをWEBで連載中!!

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クライアント様はもとより、通訳者、翻訳者などのパートナーの皆様と、よりインタラクティブな関係をもちたい。そんな願いで開いたコンテンツです。
毎回、様々な業界でご活躍のかたにご登場頂き、様々な角度からお話を伺っております。

井原有美さん プロフィール

横浜生まれ。
インターナショナルスクールからICU(国際基督教大学)に進む。在学中より通訳の仕事に携わる。IT関連をはじめ、スポーツ、映画、音楽、美容関連、理学療法など多分野にて活躍中。
 

今回は、私たちにとっては言うまでもなく、クライアントさんにとっても大変重要なパートナーである通訳の方にご登場願いました。お話をうかがった井原さんは、私たちM&Partners International(以降M&PI)創業以前からずっと業務をお願いし、今もクライアントさんからのご指名も多い、非常に実力のある通訳さんです。また、一方、オリンピックをはじめ数々の国際的な大舞台で活躍され、私たちのパートナーの中でも、最も、忙しく、また、輝いている方でもあります。そんな井原さんがどのような道をたどってここにいたったのか。さらには、後輩へのメッセージ、また、近くベースを移すというアメリカ暮らしに期待することなどを伺ってみました。含蓄の多い井原さんの体験談、ぜひご一読ください。

001. 電車の中で見ていたアルバイトニュースから通訳の仕事が始まった。

桃原 早速ですけれど、井原さんの素晴らしい英語力のバックボーンは何でしょうか。海外に住んだことや留学されたことはないということですし。

井原 私は生まれも育ちも日本ですが、在日韓国籍の三世なので、親が、日本で生活する上で、将来的に就職に不便があったりするといけないというのでインターナショナルスクールへ行くことになったようです。それと母は1年アメリカに留学したことがあって、父も外交官に憧れた時期があったようで、英語というものにこだわりを持っていたのです。4人兄弟なのですが、姉と私は日本語も英語も教化されましたし、私は国語の先生もつけられました。とりあえずちゃんとした日本語がしゃべれるようにということでしたが、その時は嫌だったんですけれど、長い目で見ればよかったですね。

桃原 一つわたしたちが安心して、井原さんにお仕事をお願いできることに、日本語の能力も非常に高いというのがあるんです。

井原 小さい頃から日本語ってとてもきれいだなと思っていたところもあって、もともと日本語が好きだったんですね。小学校5,6年の頃に、学校で急に日本語の授業が始められたのですが、日本語の授業のその分からないところが面白かったんです。授業は週に2時間しかありませんでしたが、国語辞典を机の上においてよく見ていました。当時、本を読むのは嫌いだったのですが、辞書だけは好きだったんです。諺ですとか、表現で自分が聞いたことがなければとりあえず辞書で調べました。中学の先生には何でそんなに日本語をやるんだと言われて、国語辞典は私の恋人ですと言っていました。それと父が、言葉遣いに厳しくて、いつも正しい日本語をしゃべるように教えてくれたんです。日本語の言葉遣いがなっていないとよく怒られました。ただ、視覚で覚える性質なので書き順は苦手でしたね。今でも人前で字を書くと目を丸くする方が多いですよ(笑)。

桃原 で、ICU(国際基督教大学)に進まれた。インターナショナルスクールですから、アメリカへ留学された方も多かったと思うんですけど。

井原 望んで進んだわけではなかったんです。実は、中学校ぐらいからUCLAへ行きたいとか、高校に入った時点では米国の東海岸の学校に行きたいと思っていました。ただ決定的な障害がありまして、父がとても古い保守的な考え方の持ち主で、女の子を4年もアメリカなんていう所に絶対行かせない、断固としてダメだとまるで聞く耳を持ってくれませんでした。3カ月泣いて頼んだり、担任や進路指導の先生も一緒に頼んでくれたのですがダメでした。結局あきらめて、ICUに進学することにしました。

桃原 大学生の頃から通訳のバイトをはじめられたと聞いたことがありますが。

井原 留学の件ではじめて挫折を味わって、入学してからもふて腐れて毎日不貞寝をしていたんです。一度学校へ行ってみましたら、片道ゆうに2時間半はかかるんです(笑)。あまり不貞寝ばかりしていたら母にも心配されて、とりあえず学校には向かうのですが、気がつくと有楽町あたりでめげて銀座とかをウロウロしていたり。学費を滞納して学校から退学させてもらおうとしたこともありました。そんな繰り返しのうちに、やはり何かしないと、と思いはじめたんです。で、ある日電車の中でアルバイトニュースを見ていましたら、マイカル本牧のアポロシアターのアーティスト来日公演の通訳のバイト募集広告を見つけて面接に行きました。その面接官がキムさんという韓国の人だったのです。この方には、いろいろなアドバイスを受けたりしたのですが、運命といいますか、同胞のよしみもあったのかも知れませんが、この仕事は大変だからといって、本当に通訳の仕事をやりたいならば、他の仕事をあげるからと言われたんです。じゃよろしくお願いしますということで私の通訳業が始まりました。あとはとんとん拍子でした。ただ、問題は通訳のノウハウがないわけです。お金をもらって通訳するというプロの通訳の自覚もないですし。それこそOJTで、経験しながら覚えていくという状態でした。コッポラ監督が来るからニュースステーションに出ないかという話もいただいたのですけれど、できないといって断ったりしてました。

桃原 実は私もフリーランス時代にキムさんという方にお会いして、影響を受けたところがあるんです。パーソナルにその人につながりたいという気持ちがあると、エージェントの側も上手に育ててくれますよね。通訳の側もその人に応えていきたいっていう気持ちになりますし。

井原 私もきわめて単細胞なので、そこまで信頼していただけるのであればちょっと踏ん張ろうかなと。そこまで考えてくださっているのであれば通訳者側もエージェントに恥をかかせるわけに行かないですしね。それだけ見込んでくださるのは通訳者冥利にも尽きますし、120%、150%頑張りましょうということになりますね。

 

002. 個人個人、語学力とか“通訳力”というのも違うと思う。

桃原 それは本当に大事なことですよね。ちなみに、井原さんが通訳の仕事をする時に、心がけていることってどういうことですか。

井原 とりあえずいただいたお仕事に対しては誠意を持って対応しているつもりではいます。あとケースバイケースなんですけど、たとえば来日アーティストにつくといった場合は、極力その方が日本での滞在が有意義になるように、いろいろな面でサポートできればと思いますね。

桃原 準備をしていく上で気をつけていることとかはあります?

井原 まずオファーされて受けるか受けないかは、その分野に興味が持てるかどうか、ある程度最低限理解ができるかということを考えます。まったく自分が興味を抱けない分野であれば、無理に受けても結局クライアントさんにご迷惑をかけてしまうことになりますから。何かしら興味を持てるものがあれば極力受けるようにしています。あとは決まった仕事が、音楽であればそのアーティストの作品を聴いたり、スポーツであればルールブックを見たりしています。

桃原 どんな通訳さんも準備はされると思います。しかし、それが人によってパフォーマンスの差が出たりすることがある。それはどんなところに違いがあると思います?

井原 一概には言えませんが、ずっと通訳をしてきて思うことは、特に通訳業というのは完璧に完成されたものを提供するというのはできないと思うんです。通訳者も人間ですし、私たちはコンピューターではありませんから。また、個人個人、語学力とか、“通訳力”というのも違います。ですから、スピーカーの方の使う諺やアクセントを何もかも100%わかることはできないと思います。18歳の時にこの仕事をはじめてから、いつもロシアンルーレットをやっている気分です。いつ、本当に分からない言葉が出てくるか分からないですし、そうなったらどうしようという緊張感を持ってやっています。幸い、まだ撃たれたことはないですけれど(笑)。体調や精神状態もありますけど、私は一日を終えて、自分の中の満足度をチェックするんですね。あの時、何であの言葉が出てこなかったのだろうとか、今まで何回しかないけれど、今日のパフォーマンスは自分でも満足のいくものだったなとかですね。パーフェクトはないですね。絶対にゴールはできないと思うんですけれど、ちょっとでもゴールに近づければと思いますね。

桃原 今こういうご時世なので、手に職をと思う方や、フリーでコミュニケーションのプロとして通訳をやりたいという方が、私どものオフィスにも来られたりします。で、そういう人たちにとって一番のハードルは、果たしてやっていけるだろうかということなんですね。生活をして自立できるだろうか、と頭を悩まされるのです。そのためには何が必要なのであろうと。勉強とか、資質とか、どういうアドバイスをされますか。