ビジネスインタビューBUSSINESS INTERVIEW

第13回
カライスコス・アントニオスさん

- プロフィール
- 1980年生まれ。
 2005年アテネ大学法学研究科修士課程修了。2007年早稲田大学法学研究科博士後期課程在学中。
 母国語と同等の日本語能力試験1級のほか、英語は教師資格を持ち、ドイツ語とフランス語もこなすが、本人は「ギリシャの大学ではこれくらいしゃべれる人は多いです」と、いたって謙虚な人柄の持ち主。
INDEX
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							001. 7歳から日本語を学んで敬語も漢字もマスター- 
									桃原
									アントニオスさんとはお仕事を通して、電話やメールのやり取りをさせていただいていますが、電話の応対もとてもていねいで、言葉使いも美しくて一体どんな方なんだろうって、事務所一同、興味津々だったんですよ(笑)。 
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									アン
									ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいですね。 
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									桃原
									とても流暢な日本語をお使いになりますが、日本には頻繁にいらしていたんですか? 
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									アン
									いいえ。私は日本で生まれましたが、生後6ヶ月でギリシャに行って以来、ずっとギリシャで暮らしています。日本へは3、4回遊びに来たことがある程度です。 
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									桃原
									それにしては、電話でも日本人と話しているようですよ。お母様から小さい時から厳しく教わったのですか? 
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									アン
									小さい頃はギリシャ語オンリーでした。本人が習いたくない時に教えると反発して覚えなくなるので、やりたくなったら教えようというのが母の教育方針だったようです。 
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									桃原
									それがいつ変わったのでしょう? 
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									アン
									7歳の時に1ヶ月間日本の小学校に体験入学したことがありました。その時に皆と日本語で話すことができなくてと ても口惜しかったんです。それでギリシャに帰ってから教えて欲しいと母に頼みました。そうしたら母は、日本から国語だけじゃなく算数、理科、社会などの教 科書を取り寄せてくれて、教えてくれました。 
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									桃原
									それまでお家では日本語も使ってなかったのが、いきなり。 
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									アン
									ええ。その時から、家では日本語になりました。 
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									桃原
									仕事柄バイリンガルの方をたくさん知っているのですが、後天的に獲得した人は微妙なイントネーションの違いがでてくるんですよ。でもそれが全然感じられないので、7歳から学んだとはとても思えないですよ。 
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									アン
									母は鹿児島出身の福岡育ちですが、東京に住んでいたので標準語を話していました。母の話し方を真似をして覚えたので、運が良かったのでしょうか(笑)。 
 
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									桃原
									
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							002. 学生時代は通訳・翻訳者として活躍。大学進学で選んだ弁護士の道- 
									桃原
									アントニオスさんにお仕事を依頼するようになったのは、現地在住の友人から同時通訳ができる人ということで紹介してもらったのがきっかけです。ギリシャでは同時通訳ができる人が少ないと聞いていたので、とても助かりました。 
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									アン
									今、ギリシャには、同時通訳のできる方は多分いらっしゃらないのではないでしょうか。以前は、私の他にもう1、2人いらしたと聞いていましたが。 
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									桃原
									でも需要はあるでしょう? 
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									アン
									ええ、需要は結構あります。誰かと組んで二人で同時通訳をやってくださいと言われた時に、日本人で通訳をしているという方20人くらいに声をかけたのですが「普通の通訳ならできますが、同時通訳はちょっと・・・」とおっしゃる方が多かったです。 
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									桃原
									そういう時はどうしたのでしょう? 
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									アン
									ロンドンから日本人の同時通訳の方がいらっしゃいましたね。日本語―英語と日本語-ギリシャ語で、場面ごとにどちらが通訳するかを決めてやりました。でも、現地採用と比べて通訳料に3倍近くかかったそうです(笑)。 
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									桃原
									ギリシャと日本って意外に言語のインフラは整っていないのですね。 
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									アン
									観光が盛んなので、日本人でギリシャ語ができる方、ギリシャ人で日本語ができる方はいらっしゃいますが、専門用語(政治経済用語)などは話せない・・・という方が多いようです。 
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									桃原
									アンさんは、母国語と同等の日本語能力試験1級や英語の教師資格をお持ちの他に、ギリシャの弁護士資格をお持ちなんですよね。ギリシャでも弁護士になるのは大変なんでしょう? 
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									アン
									ギリシャの教育システムでは、小・中・高は住んでいるエリアで行く学校が決まっているので受験はないんです。ち なみにギリシャの子供は学校が大好きです。登校拒否というのも聞きません。うちの母の脅し文句は「学校に行かせないわよ!」でしたから(笑)。でも大学は 国立しかないので、そこからが厳しくなります。全国レベルで同じ試験を受けて上位者から希望の学校や学部に入学できるんです。ギリシャで人気のある職業 は、弁護士、医者、建築家、それから外交官、裁判官、官僚などで、法曹への道を開く法学部はやはり人気があって難しいです。 
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									桃原
									センター試験に似ていますね。 
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									アン
									そうですね。その他に日本と違うところは、ギリシャでは国立大学に入れなかった人が留学するんですよ。院での留学は別ですが、留学というと「ああ国立に入れなかったのね」と思われてしまいます。 
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									桃原
									国立大学はステータスが高いのですね。司法試験のようなものはあるのですか? 
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									アン
									一応ありますけれど、学校が国立しかないので卒業すればだいたい大丈夫ですね。100人中99人合格(笑)。日本で言うところの医学部に近いかもしれないですね。 
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									桃原
									専門は民法ですよね。 
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									アン
									そうなのですが、卒業して就職した事務所では、日本語ができるので商法関係が多かったです。商法、余り好きじゃないんですけど(笑)。 
 
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									桃原
									
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							003. 仕事より家庭が大切。家族とコネを大切にするギリシャ社会- 
									桃原
									ギリシャの会社というのは、働きやすいのでしょうか。私の勝手なイメージでは、古代ギリシャがすばらしい国家を作ったので、男っぽい働き者が多い気がしていたのですが、実際に行ったら木陰でコーヒーを飲んでいる男の人が多いのでびっくりしました(笑)。 
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									アン
									男っぽいのですが、仕事はあまり意欲的にはしませんね。一所懸命働く人は少ないのではないでしょうか。日本の会社のアテネ事務局で顧問弁護士のような形で働いていましたが、周りのギリシャ人から「あまり仕事しないでくれ」と言われたことがあります。 
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									桃原
									それはどうしてですか? 
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									アン
									ボスに、「あの人がこんなに仕事をやれるんだから、あなたもあの人と同じくらいやれないことはないだろう?」と言われるのが嫌みたいです。みんなが暗黙の了解で抑えて仕事をしているんです。一人だけ一所懸命働いていると、皆から嫌われてしまいます。 
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									桃原
									でも、そういうギリシャ文化の中でも、アンさんは一所懸命仕事をしていたんでしょう? 
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									アン
									母に「日本の会社でギリシャ流は通用しない!」と言われたのが大きかったですね。最初は私も「ここはギリシャなんだから・・・」と言い返していたのですが、母は「自分のためにも一所懸命やった方がいい」と言っていました。 
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									桃原
									お母様は立派ですね。ではそのアドバイスに従ったと。 
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									アン
									最初は半信半疑でした。でも日本人の中で働いていると、ギリシャ人のこういうところがだめと思われるんだな、ということが分かるようになりました。 
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									桃原
									日本語が分かってしまうから、陰口も耳に入ってしまうんですね(笑)。ギリシャの人はもっとたくさん働いて豊かになろうという気はあまりないのかしら? 
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									アン
									生活自体が豊かだから、あくせく働こうという気にならないのかもしれません。家族単位で生活しているので、結婚 するまで両親と一緒というのが8、9割。家賃を払わなくていいので自分で働いたお金は自由に使えます。結婚する時もお互いの家族が家を買うのを助けてくれ たりします。子どもができても両親を頼りながら暮らしていく人が多いですね。弁護士になり事務所を持つと、両親や結婚相手の家族が仕事を持ってきてくれる んですよ。 
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									桃原
									家族が営業マンなんですね。 
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									アン
									同時にコネ社会でもあるわけです。優秀だから重要なポストにつけるというわけではないんです。官僚などは今までは9割以上がコネだと言われていました。最近はEUの影響で少なくなってきたようですが・・・。私には実力主義の日本の方が、将来の可能性があるように思えます。 
 
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									桃原
									
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							004. 日本国籍を捨てて日本への留学を決意く- 
									桃原
									それで留学をしようと思ったのですね。ギリシャでは留学先として日本は人気があるのですか? 
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									アン
									日本より欧米のほうが人気があると思います。若い人は、英語は当然のようにレベルの高い人が多く、法学部だと、ドイツ語、フランス語などができる人が沢山 いるので。留学とは関係ありませんが、今のギリシャ人の憧れの対象はアメリカです。映画や音楽の8割はアメリカのものなんですよ。 
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									桃原
									では日本を選んだのは、お母様の影響ですか? 
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									アン
									母の影響というわけではなく、日本の方がチャンスが与えられる機会が多いと言うことだと思います。母はギリシャで日本語を教えていますが、日本への留学を 希望している生徒が沢山いて、大使館で調べたら文部科学省の国費留学制度があることがわかったんです。その時に自分も行きたいなと思ったのです。 
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									桃原
									それで受けてみたんですか? 
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									アン
									ところが一つ問題があったんです。私はギリシャ国籍と日本国籍の両方を持っていたので、「日本国籍を持っている人は文部省の国費留学生になることができない」と言われたんです。ギリシャ人であるのと同時に、日本人でもあるので。 
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									桃原
									それでどうしたんですか? 
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									アン
									母は「日本国籍を捨ててでも日本に留学した方がいいのではないか」と言ってくれました。日本国籍を捨てずに、私費留学という方法もあったのですが・・・。 ギリシャの日本領事の方にも相談したら、「国籍よりも留学を選んだ方がいいのでは・・・。ロースクールもできたので行ってみては」というアドバイスをして くださいました。それで試験を受けて合格し、国費留学生として日本に来ることが出来たんです。母の言葉を信じて日本へ留学してよかったと思っています。 
 
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									桃原
									
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							005. 好きか嫌いかわからない日本人。大喧嘩でも翌日にはケロリのギリシャ人- 
									桃原
									日本にいらしてギリシャと違って困ったことはありますか? 
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									アン
									特にないですね。強いて言えばお酒が飲めないことでしょうか(笑)。来る前は、「日本では飲めないとだめだ」といわれていましたが、来てみるとそんなことはありませんでした。 
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									桃原
									人付き合いでは? 
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									アン
									これはギリシャ人に関わらず外国人が皆感じていると思うのですが、日本人は何を考えているか分からないと言うことです。例えば、一緒に食事に行って楽しく話したりしても、翌日、態度が冷たかったりするんです。好かれているのか嫌われているのかよく分からない。 
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									桃原
									好かれているか嫌われているかは、やはり気になりますか? 
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									アン
									好かれているのか嫌われているのかではなく、分からないというのが気になります。ギリシャ人は自然に態度に出す ので、好きな人とはよく話し、嫌いな人とはあまり話さない、というように分りやすいです。日本では普段あまり話をしてくださらない方が褒めてくださってい た、というようなこともありますが・・・。それから、教授に冗談を言ったりすると、周りの人がびっくりします。日本では目上の方に冗談を言うのは失礼と思 われているのでしょうか? ギリシャでは尊敬しているからこそ親しく接するのが礼儀なんですけれど。 
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									桃原
									それは仕事柄、私もよく聞きますね。波風を立てないようにする国民性でしょうか。ギリシャの方は議論好きで、自分の意見をはっきり言いますよね。 
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									アン
									好きですね。ギリシャでは同じ政党を支持するのにも、自分なりの意見を言って絶対に人と同調しない。自分の方が 良く知っているという前提で言い合うんです。ある種、わがまま。エゴイストの“エゴ”ってギリシャ語で’“私”っていう意味ですから(笑)。「そうです ね」とは絶対言わないです。家庭でもお互いの意見を言い合いますよ。 
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									桃原
									議論を楽しんでいるんですね。日本でそれを家庭でやったら家庭崩壊になっちゃう(笑)。 
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									アン
									ギリシャでは議論することを楽しんでいます。大喧嘩しても翌日には平気で挨拶しています。言いたいことを言っても根にもたない。口論する分、暴力も少ないんです。 
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									桃原
									腹にためないのは、いいことなのかもしれないですね。でも日本人には難しいかも。 
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									アン
									それと日本人は年配の方にあまり親切じゃないのが気になりました。ギリシャ人は、年配の方に道を尋ねられると親 切に教えたり、場合によってはそこまで送ってあげたりもしますが、日本人は、若い女性に対しては結構親切なのに、お年寄りにはちょっと冷たいと言う気がしました。 
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									桃原
									確かに、日本は年配には優しくない。年をとったらギリシャで暮らしたいかも(笑)。 
 
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									桃原
									
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							006. 研究者の道を目指すために司法試験にチャレンジ- 
									桃原
									将来的な計画はあるのでしょうか? 
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									アン
									助手の任期は3年間なので、その間に日本の司法試験を受けようと思って予備校に通っています。 
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									桃原
									司法試験! 
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									アン
									専任講師として研究職に就きたいんです。外国人が民法を教えるというのは今まで例がないそうですが・・・。残念 ながら、私が日本の民法を知っていることを客観的にに証明する手段が今はありません。日本語はできても日本の法律は知らないだろうと一般的に思われてしま うので。それもあって、司法試験のせめて択一にでも合格したいと考えています。 
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									桃原
									ギリシャに戻る予定はないんですね? 
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									アン
									ギリシャに戻りたくないわけではありませんが、研究職に就きたくとも、ギリシャには国立大学しかないので、全国 で25人くらいしか枠がないのです。だから年に一人採用されればいいほうなんですよ。日本なら大学が多い分、就職先も多く、進路の選択肢がギリシャより多 いので・・・。できれば、日本で弁護士の資格がとれたらいいな思っています。もし、ギリシャに戻らなければならないときは、外交官を目指そうと思っていま す。日本語が話せる外交官も必要ではないかと思うので、役に立てるかもしれません。 
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									桃原
									ご両親は帰って来いとは言われませんか? 
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									アン
									帰って来て欲しいと思っているかもしれませんが言わないですね。母は「自分の目標に向かって、がんばってね、」と言ってくれます。 
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									桃原
									今年も受けられましたか? 
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									アン
									どんな試験かを知るために受けてみました。来年からが勝負だと思っています。 
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									桃原
									そんなに忙しいのに、いつも翻訳や通訳を引き受けていただいてありがとうございます。ぜひがんばってくださいね。 
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									アン
									ありがとうございます。がんばります。 
 
- 
									桃原
									
 
  				